Watched on 2007/02/10
黒い十人の女 / Ten Black Women
藤平さんの選出作品 Fujihira-san's selection
Warning: Plot and/or ending details might follow.
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
何年も前に人に勧められて、映画館でリバイバルを観ました。
その時はただただモノクロの映像美に圧倒され、こんなかっこいい日本映画があったなんて!と感動した記憶しかないのに、あれから私も、おそらく、色んなことを経験してしまったのでしょうか、映像美よりも何よりも、9人の女たちに大いに共感して男と女の愛憎劇(?)を追っていました・・・・。
とにかく、当時の女優さんたち、9人とも本当に存在感があってステキ。何よりも、45年も昔に作られた作品なのに、今観ても新しい発見と驚きが沢山ある。おそらく、また何年後かに観ても、きっと新しい発見と驚きを感じられる作品ではないのかな。
鑑賞会終了後、あんなに沢山買ってきたジャンクフードが全てなくなっていたことにも驚かされましたが・・・
藤平 久子
5年前の作品としては確かに映像も台詞もセンスがあって、シャレていて、美しい映画でした。パリの五つ星で修業してきたシェフの料理を食べてい.るような�ノ、途中まで画面に見惚れてました。
でも僕は残り半分、飽きてしまった。何故だろう。やっぱり映像が先行しすぎて、STORYとしては今ひとつだったような気がするからなのか。
男としては全く、共感できなかったのも理由の一つです。
結局、宮城マリ子さん以外はそれほど主人公の男を愛している様子でもなく、男同様に異性をモノ扱いしているわけで、なのに彼だけが抹殺されていくというのはどんなもんなのでしょう。別に彼がそんなに悪いことをしているわけではないのに。
この作品の頃を機に、日本社会では女性が立場や権利を主張するようになり、時としてそれが男には理不尽にもなっていく。市川監督はそういう世の中の風潮もきっと皮肉っているのでしょうと思いたい。
ただ、映像手法等、とても勉強になる作品。映画に関わる人は一度は見なければならない作品でした。
それは大いに感謝。
さぁ、次は僕の番。文句を覚悟しつつ、王道のハリウッド映画を叩きつける所存です(笑)
江良 至
始まりの15分くらいは、ストーリーが分からず「?????」で、どうなることかと思ったけど途中から話しがシンプルになり、そこから一気に「黒い十人の女」の世界にグイグイ引き込まれていきました!
まるで、フランス映画を見ているようだった〜。私たちが(私が?)「フランス映画みたい!」という場合は「おしゃれ!素敵!」という意味が大きく含まれていると思いますが、女優さんのメイク、ヘアスタイル、腰の細さ、そしてドレッサーに置かれていた化粧ボトルのデザインetc…
まさに私がフランス映画を観て「おしゃれだわ〜」とぼうっとなる世界が、45年前の日本映画にあったことにオドロキでした!ラストシーンで岸恵子さんが運転していた車もカッコよかったなぁ〜。
私が「ドキッ」としたシーンは、終盤場面で岸恵子さんの女優引退パーティがありましたよね。そこで、8人の女たちが風呂敷から花束を出す瞬間に
「ヒヤリ」としました。はじめ、風呂敷に花束が包まれているとは思っていなかったので風呂敷の何とも不思議な形を見て、凶器でも入っているのかと思いヒヤヒヤしてしまいました。
今では、花束を風呂敷に包むことはまずないから花束とは想像できなかったし、人間は想像できないものはコワイものなんだなぁ、としみじみ思いました。
内藤 道子
フランス映画真っ青、シニカルでアイロニックでウィットに富んだクールムーヴィー。
「みんなに優しい男は、誰にも優しくないのよ」(主旨)って台詞にまずかなりきましたね。
モノクロ映画って見えないから見えるものがいっぱいあるんですね。
ま、写真も一緒ですが、チラリズムみたいな方がより真意がくっきりみたいな。
だからこそ、より綿密な当時のライティングや、フィルムの質感等、
職人技を凄くビンビン感じちゃいましたね。
それはモノクロ時代の役者たちの存在感にも言えるかも知れません。
それ以上の存在感を持っていなければ、自然にスクリーンにたたずんでいることって
難しいのではないかと思いました。
皆さん個性的で美しかった。
1939年アメリカ制作の「オズの魔法使」。この頃には既にかなり綺麗な
カラー作品が登場し始めていたということに、衝撃を受けましたが、
モノクロ作品での表現力を極めた、1960年代辺りのこういった作品に
今回この映画を見て、かなり興味が湧きましたね。
岸恵子さんのまゆげ。そして表情。ソフィアローレンのひまわり(1970年)を彷佛させました。時代的にはこの映画の方が先ですが、かなりクールで先取りしているように思いました。
美しい。

上:「黒い十人の女」と「ひまわり」
のプロモションの写真
そしてもう一つ感じたのは、1936年チャップリンの「モダンタイムズ」。
工業化の時代の波にのまれて、社会の一歯車となっていく主人公と、
高度経済成長期をむかえ、何か人間の内面的におかしくなって、
より存在が不確かなものになっていく人間像は、
モダンタイムズでの人間の壊れ方から、更に次の時代の壊れ方の
示唆のように感じました。
あとは、音楽家的視点、聴点で言うならば、
これだけ尖った内容に、マイルドな音色で攻める感じがかなりよかったですね。
とりわけ木管楽器の温かさが、登場人物たちのクレージーさを
マリルドにつつみ、悲しみを帯びて来るような効果さえ感じました。
音楽のトレモロ感が、エフェクトなのか、テープのヨレなのか
の微妙さも楽しいです。
強いて言えば最後の二人の長台詞はいらなかったかな〜。
ま、今見るならってとこと思いますが。
胸の内に感じたことが、説明され過ぎちゃった気がしました。
いや〜でもかなり好きですよこの映画。
うるしどひろし
The screenplay was too complicated for me to follow in Japanese (but with explanations from club members I got the gist!) However, the film has luminous cinematography and careful direction in which the director higlights and uses things to tell the story - most notably books/newspapers/words. Presumably, this is at least equally brought in by the director's wife and collaborator - and screenwriter - Natto Wada. It's almost as if written words make things real in the film. When the man at the centre of the 10 women's plot first experiences threat it's when a pile of books and papers almost falls on him (he cautiously checks behind, but it was the wind that blew them over). With books - and presumably the written word - being forefronted, the scene suggests that writing things down (or at least committing something to language) makes it concrete. Similarly, at the end, he reads, cuts out and keeps newspaper clippings of the events in which he was a part, perhaps not just as a memory but proof of their reality. (Although, the plot is unreal at the same time.)
Although not following the screenplay, listening and watching raised a couple of points for me - one is that not only was the language of the film, and maybe of the time, seemingly both more "mature" and more "Japanese" than now, but that there was a different feeling, a different way of holding oneself (a different way of being) than mostly seen today. Maybe that's an obvious statement - the film is 45 years old - but it's possibly a 'self-confidence' which is harder to create now. I just wonder... Would it be harder to find 10 similarly-aged actresses now with the ability to bring off this kind of performance? With current celebrity so often requiring the confidence of others, the self-confidence of both performance, and of (who knows?) just existence, might add to the difficulty in finding 10 equally proficient actresses.
I had forgotten that Kon Ichikawa had made 'Enjo' - an adaptation of Yukio Mishima's "Temple of the Golden Pavilion". As a Mishima fan, that film didn't quite work for me. But similarly, I didn't immediately place Kyoko Kishida as the star of Teshigawara's later film 'Women of the Dunes' - one of my favourite performances.



Reading and the written word is
important in Ten Dark Women
- Andrew

